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2016年5月7日土曜日

C.フランク:ヴァイオリンソナタ

てもさん:

◎ティボー(vn)、コルトー(pf)、29年(EMI)

フランクのヴァイオリンソナタ。これ、ヴァイオリンソナタの中で一番好きな曲なんです。室内楽にハマったのもこの曲がきっかけ。いろいろと思い出深い曲ではあります。そして、一番初めに聞いた演奏がこのティボーの演奏。はじめは友達に言われるがままにティボーを聞いたのだが、まあ、いろいろ聞いていくうちに自分が気に入るものが見つかるだろうと思ってたら、どんどんいろんな演奏を聴きこむにつれてこの演奏がいかに特殊か、いかにティボーというヴァイオリニストの芸が半端なく上手いのかを知ることとなった。そして、現時点でこの盤を上回る出来の演奏を発見できていない。
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◯デュメイ(vn)、ピリス(pf)、93年(DG)

現代的な演奏部門においては、随一の出来。デュメイのヴァイオリンの魅力は、線の細い繊細な美音と、振幅の大きいコクのある(?)豊かなビブラートという相反する美質をもって聴かせる煌びやかな演奏スタイルにあると思う。そのエッセンスがもれなく詰まっているのがこのフランクのソナタと言える。
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▲タシュナー(vn)、ギーゼキング(pf)、47年(Bayer)

お次。大穴盤というほど"とんでも盤"(所謂と盤)ではないのだけど、あまり話題になることがなさそうなものをご紹介。タシュナーというバイオリニストはフーベルマンに師事してベルリンフィルのコンマスをも務めたなかなかの凄腕の人物です。
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ずみさん:

☆セルゲイ・ハチャトゥリアン(Vn), ルシーヌ・ハチャトゥリアン(Pf) (naive, 2008)

なかなか進まない音楽、がデュナーミクによっても表現されている。タイミングのとり方がいい。予想したのとは違うタイミングで、音がでてくる。そしてそれが効果的にハマっているのだ。 コルトーやティボーの流儀を受け継いでいると言ってもいいのではないだろうか。とはいえ、彼らより楽譜に忠実ではある。いやいや、比べなくていい、比べなくていい。どちらも好きだよ。
僕の今まで聴いてきたこの曲のイメージって、循環旋律の登場までつまらない曲、だったんだけれど、それが一気に塗り替えられて、全てが意味を持って配置されている、という感じを受けたのがこの録音。自信を持っておすすめできる。演奏者はアルメニア人だけれど、現代において最もフランスフランスしている気がする。
これね、ヴァイオリンだけじゃなくてピアノに依るところが大きい曲だけれど、この息の合いは姉弟ならではなんじゃないかなぁ。と思う次第。ひとことで、大雑把に言えば、こんな演奏してみたい。(2016/5/7)

2016年5月4日水曜日

E. グリーグ: ピアノ協奏曲


てもさん:

◯ツィマーマン(Pf)、カラヤン指揮BPO、81-82年、DG

これは以前よく聞いていた演奏。ツィマーマンのクリスタルな響きのピアノが素敵で切れ味も抜群。超ピアニスティックな名人芸が楽しめる。カラヤンの重厚でゴージャスなバックも(グリーグに相応しいかどうかは度外視するとして笑)ツィマーマンと互角の冷静かつ煌びやかな演奏である。グリーグ色はかなり薄められていて、このピアノ協奏曲のもつソリスティックな華麗な面にスポットライトを当てた演奏なので、きっとずみさんの好みとは対照的なのだろう笑

◯アンダ(Pf)、クーベリック指揮BPO、63-64年、DG

隠れた名盤だと思う。シューマンとグリーグの協奏曲のカップリングだがどちらも絶品で、アンダのなめらかで角が取れた温かみのあるピアノと、クーベリック指揮するまだフルトヴェングラー時代の名残が残る重心の低いベルリンフィルの奥ゆかしいサウンドがマッチして、深みのある演奏になっている。暗めの色合いでシックな印象の中に黒光りする光沢があるような気品と情熱を兼ね備えた好演。シューマンの方も名演で、こちらもシューマンの項でまた紹介したいと思っている。

ずみさん:

リパッティ(Pf), ガリエラ指揮, フィルハーモニア (Urania, 2008)

1947年の9/18, 29に録音されたものだろう。珍しく古い録音を推しているけれど、自分で探し当てたわけではなくて、この前、てもさんと、昔お世話になった指揮者と3人で飲んでいた時にグリーグの話が出て、その指揮者にこれをおすすめされたのだった。
たしかに、これはよいものだ。グリーグのピアコンといえば、力が空回りするような演奏が結構多いと思うのだが、これはそれを回避しているどころか、効果的にコントラストをのせている。

グリーグの楽曲をそんなに知らないので、偉そうなことは言えないが、グリーグを演奏する際に重要になるのは、テンポのコントロールだと思う。グールド然り、このリパッティ然り。
とても良く制御されていて、それがこの曲の情緒的な面を際立たせているのである。
この曲は1楽章の最初が有名すぎて、そこだけしかわからないという人も多いのではないかと思うけれど、ぜひこの機会に、全曲をきいてほしい。2楽章終盤なんて、すこしの涙なしには聴けない。繰り返して言うけれど、グリーグは、緩やかなところがいいのだ。注目して聴いてほしい。
ピアノのことばかり言ったけれど、弦楽もそれに乗せられたか、かなりいい。3楽章終結部につながる流れとか、終結そのもの、とか特に。細かいことはいろいろ言えるけれど、それはいいっこなしだ。

2016年5月3日火曜日

J. ブラームス: 交響曲2番


てもさん:

CD NAME TEMO

TEXTTEMO

ずみさん:

シャイー指揮 ゲヴァントハウスオルケスタ― (DECCA, 2013)

驚きの解像感。この曲集では4曲すべてがバンドルされているが、その中でも特に良いのが、この2番だと思う。
最新の録音らしく、多数のチャネルで一つ一つの楽器を録っているのだろう。とくに金管の響きが素晴らしい。

音楽としては、物語のページを次々とめくっていくような、感情的なドラマティックさがある。
明るくブラームスを演奏する人はそんなに多くない。しかし、この録音は明るさ、それは単純な明るさではなく、虚構としての、表面的なきらびやかさ、美しいが悲しいというような、メンデルスゾーン的な趣がある。
しっとりしっとり、重層的に演奏を積み重ねていくのだ。ミルフィーユの生地にフォークの側面をを一枚一枚と通していくような、あるいはバウムクーヘンを一枚一枚めくっていくような、そんな快感がある。(ご理解いただけないでしょうね……)
あと、はやい録音好きみたいです。ガーディナー然り、ノリントン然り………
シャイーだと、コンセルトヘボウとの旧盤より、こちらのほうが好き。

2016年2月5日金曜日

E.グリーグ:ピアノソナタ

ずみさん:

◎グールド 71年(Columbia/Sony)

他の全ての録音に喧嘩を売る録音、それがこのグールドのグリーグだ。1楽章の冒頭が、すでにちがう。人々は言う。なんだこのテンポ選択は、と。だが、先入観を取り払ってよく聴いてほしい。執拗に繰り返すテーマの、慟哭にも似た表現を。3楽章を中心に表現を設計していくと、こういう選択になると思う。グールドのグリーグならではの、ピアノ協奏曲かのようなピアノソナタを、ぜひ聴いてほしい。6年来の愛聴盤。ちなみにこれ以外にオススメはないと断言する。少なくとも僕が定額で聴ける範囲にはなかった。

2016年2月4日木曜日

J.ブラームス:ドイツ・レクイエム

ずみさん:

◎ノリントン指揮 ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ ロンドン・シュッツ合唱団 92年(ERATO)

技倆と音楽が兼ね備わった唯一の演奏ではないか、と僕は思う。弦はもちろん、ノリントンのやりたいことをもう十分に理解している、LCP。ノリントンはシュツットガルトSWRでも録音しているが、こちらの録音のほうがよい。大体、ドイツ・レクイエムの質を決めるのは、ソプラノにラの音が初出する時でしょう。31小節目。Selig sindのさ。この音がないと、32小節目の和声の効果が出ないんです。それがなければブラームスではないのだ。だから、ダメな録音にはがっくり来るわけです(録音なのだから、継ぎ接ぎしてでもやってほしい←)。それはすごく厳しい基準だと思う。経験的にも。こんな音出るかよ、一瞬で飛ばせるかよ、という。まぁ、この録音はほとんど唯一そこがきれいに出ている盤だとおもいます。で、フーガも申し分ないし、なにより、アツいんです。演奏が。込めているものが違うのか、なんなのか。奇跡に近い録音だと思う(いや、こんなこと言うと失礼だと思うけれど。努力の結果なのはもちろんだけれど、音楽には神が宿るような瞬間がたまにあって、それがこの録音にはある、と言いたいのです)。主題に帰ってきた瞬間に、すべての伏線が回収され、曲は終結へと向かうのだ。そこで歌われる、共通した主題が「幸せであるよ」ということなのだ。なお、カップリングされているモツレクは、また版が違って面白い。アヴェ・ヴェルム・コルプスもよい。

○石丸寛指揮 東京交響楽団 栗友会合唱団 97年(BMGビクター)

ブラームスの考えるレクイエムは、生き残ってしまった者にどこまでも寄り添うことだと思う。これはその意思をちゃんと反映してるんじゃないかな、とおもう。ある指揮者のおすすめで買った。ちなみに31小節はおしいし、合唱として高度にできが良いわけでもない。でも、なにか訴えてくるものがあるのだ。とくにレクイエムのような曲にあっては、そういうのが一番大事だと思う。病気の身であった、石丸寛自身が「最後の演奏になるかも」と覚悟して乗った舞台だけに、そしてそれを周囲も知っていただけに、そういう思いが入り混じったのかもしれない。第6曲の後半のフーガあたりから神がかってくる。東京交響楽団の演奏だって、舐められたものではない。第1曲、第7曲は、主題を中心に設計すると思うけど、これに対する考え方は、ノリントンと対照的。どちらも、ブラームスの理解として正当だとおもうし、それが効果を挙げているという点で、この二つの録音を紹介した。最後の拍手の時に、もっともぞわっとくる。

もういくつか、次点を挙げるとすれば、ガーディナーか、ヘレヴェッヘがいいぞ(いつもどおり)。ちなみに、この曲にハマってから、ブラームスから離れられなくなりました。

2016年2月3日水曜日

J.ブラームス:交響曲第3番



◎クナッパーツブッシュ指揮ウィーンpo(58年、日本モニタードリームライフ)

クナのぶらさん。一部宇野こ◯ほ◯先生らが熱烈に支持している盤だが、たまたまこのドリームライフから出てる2枚組のCDが店頭で安売りしてたので買ってみたところ、これがとてつもなく良かった。まず3楽章を聴いてみると、冒頭から生々しい弦楽器の歌い回しにノックアウトされた。VPOだけに個々のビブラートがまざらないでそのまま聞こえ、ぞくぞくっとなる。ま、言ってしまえば官能的な演奏。そして、この指揮者のフレーズの取り方は大きいなあと痛感した。普通ならフレーズを収めて切る部分で、いやまだまだ終わってねえぞ!といった具合で、ぐいぐい続ける。むせび泣く弦楽器とでも一言でまとめておこう笑。3楽章でここまでこってり命かけてる演奏も珍しいと思う。1楽章などもppからffffくらいの猛烈なクレッシェンドをはじめクナの悪魔的表現がオンパレードで圧倒的。ちなみにくだんの大先生は50年のBPOライブを熱烈に推薦しておられて、クナのぶらさんの中で最上の出来と謳っているが、個人的にはこの58年VPO盤の方が上を行ってると思う。たしかに迫力という点では50年盤の方が上かもしれないが。そのほか44年BPO盤というものもあるが、こちらの出来はいまひとつパッとしない。

◯フルトヴェングラー指揮ベルリンpo(49年、EMI)

お次はフルベン。49年のBPOのライブ盤です。クナとフルベン、緩急自在のコテコテ派という点では共通しているが、両者は似て非なるものだと思う。クナは常に作品の外側から作品を見下ろし作品を手中に収めているのに対し、フルヴェンは内側から燃え上がり夢中になって振る。このぶらさんに関しても、まあ期待通りの熱演である。両端楽章は荒れ狂っており、BPOの重厚でドイツ的な荘厳な雰囲気が楽しめる。4楽章の盛り上がるところでは、楽譜にはないティンパニーが追加されていて効果絶大。3楽章はクナほど歌いまくってはいないが、濃厚なエスプレッシーボが炸裂している。

▲メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウo(32年、Ph)

大穴盤は大いに迷ったけど、大穴という点ではやはりメンゲルベルクかなと。とろけるVPOの弦が魅力のワルターのVPO盤(36年)、現代的な演奏ではあるが主観と客観のバランスが取れたジュリーニ盤(VPO、90-91年)、洗練される前のヤンカラ先生盤(63年BPO)など気に入っているけど、メンゲルベルクの面白さはハンパないのでチョイス。メンゲルベルクと言えば弦楽器が一斉にポルタメントをかけることで有名で、ぶらさんではその効果は大きい。特に3楽章は陶酔の域に入ってる。くらくら酔ってきますね。オケでポルタメントをかけると、バイオリンソロでのポルタメントとはまた一味違った味わいになるのが不思議。ソロとか室内楽でのポルタメントはお洒落、粋、ロマンチスト的な印象になるけど、オケでやると胸が締め付けられてキュンと痛むような虚しさを伴った雰囲気になる(もっともメンゲルベルクだからそう感じるのかもしれないけど)。これは病みつきになりますよ、ほんとに。1楽章とかもルバート多用でニヤニヤしちゃう演奏。

カラヤン BPO 88年(DG)

ブラームスという作曲家は本当に難しい。甘美さと、ある種の暴力性みたいなものを兼ね備えていないといかんのではないかと思う。いつも聴く指揮者がほぼ全滅である。そんな中、珍しくカラヤンが選ばれたというのに、てもさんとは一致しないという、これはなんか一種の不条理である。僕がカラヤンを選ぶことは殆ど無いと思う。とくに古典派ではありえないだろう(あったとしたらてもさんにきっと洗脳されたのだ(笑))。しかし、この曲のこの盤に限って言うと、心地よさが半端ではない。とにかく重厚だが、それに負けない高音の鋭さ、低音の広さ、そして完全にコントロールされたデュナーミクが魅力。すべてがよく絡みあって、造形していく。カラヤンにしてはガシガシとマッチョな演奏をしていると思うが、どうだろうか。そんなにカラヤンを聴いたことはないので、そこらへんはてもさんの意見をききたい。特に3楽章から4楽章の流れは他を寄せ付けない。唯一泣いた録音。3楽章のバスのピッチカートに支えられて木管と弦が奏でゆく音楽は、浜辺で夕日の中、寄せては返す波を見ているようで、いつまで見ていても飽きない、というような美しさがある。4楽章、Un poco sostenutoからの赦しの音楽、ともいうべきパッセージに、最後に現れる愛おしいばかりの主題に、そうだよねぇ、と頷くばかりである。高校の同級生のオススメで聴いた。

ガーディナー ORR 08年(Soli Deo gloria)

しょっぱなからクリアな音が聞こえる。エキサイティングだ。ティンパニが楽しい。当然だけれど、カラヤンとは全然聴くところがちがう。どこまでも解像感ゆたかな音のならびである。ピリオドピリオドっていうが、何が一番いいかといえば、転調した時の劇的さ、だと僕は思う。平均律ではないからこその劇的さがあるのだ。まぁ、僕の知っている中でピリオドでブラ3やってよかったね、っていうのは今のところこれだけであるな。透き通る音色はORR独特のもの。4楽章に劇的さを求めるならば、この一枚もオススメ。この盤には、モンテヴェルディ合唱団の歌うブラームスがカップリングされているが、モンテヴェルディ合唱団の素晴らしさがよくわかる録音で、盤全体としてもオススメ。たぶんいちばん長い間聴いていた録音。発売直後に手に入れた、ハズ。

ヴァント ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団 55年?(BnF)

モノラル録音で、そんなに音質も良くないのだけれど、キラリと光るものがあるので。なんかことブラームスに関しては、価値判断基準がすごくズレる気がする。 木管、とくに抑制的なファゴット、ホルンがいい味を出している。前に紹介した2つを聴いてから聴くべきでは、ない。緩徐部分での蠢動する感じとか、淡々と刻んでいく様子などは逆に清々しい。4楽章の3連符の領域はヴァントの真骨頂だと思う。あと252小節のチェロがよい。やはり3番はメリハリのある演奏が好きなのだな、という再発見のためにあるような一枚。

でもまぁ、左の人とはちがって、総じてしゃっきりとした演奏が好きですね。

2016年2月1日月曜日

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲

ずみさん:

グールド 81年(Sony)

古臭い、カビの生えた、というようなバッハのイメージを塗り替えたのが、グレン・グールドだ。グールドのゴルトベルクは、その「就寝のための音楽」という構想をまったく無視しきって、表現力豊かに、音楽として色鮮やかに塗り替えてしまう。グレン・グールドの鮮烈デビューとなった録音は、下で紹介する55年のもの(実は二番目の録音ではあるが)だ。55年の演奏が、驚きに満ち溢れたものであるとするならば、この81年録音は、技術に裏打ちされ、円熟味をともなった表現力が、より音楽としてのバッハを際立たせる。ちなみに聞こえる声は仕様。慣れると、ここに注目すべきなのか、という指標にもなって面白い。第1変奏の驚きは、何者にも代え難い。第26変奏以降は圧巻だし、最後のアリアは、涙なしには聴けない(※個人の感想です)。高校生の僕が、好きだった人に紹介された盤という意味でも思い出深い。

武久 94年(ALM)

愛聴盤。この人のCDを集めたい、と思いながら、それができていないんだよね。一番心揺れる、ゴルトベルク。アリアから第一変奏に入った時に、ぞわ、ってなる。拍頭が先行するのではなく、遅らせるというスタイルは、てもさんのそれに似ているとも思うんだけれど、彼はこの曲をそもそも聞かないらしいから、本当に残念。究極のやさしさをもった演奏だと思う。最後のアリアまで、心が動かされつづける。そして、だばあ、となる(※個人の感想です)。武久先生は、この2月にもゴルトベルクの録音を出すらしく、それも楽しみ。

グールド 55年(Sony)

81年を聴いたら、こいつも聴いてみてほしい。というか、81年より前にこちらを聞いて、81年の表現に酔いしれてほしい。同一人物の演奏とは思えまい。しかしバッハの理解としてはこちらも面白い。高速に進行していく曲は本当に子守唄(?)のそれではない。こちらの盤ではじめに興奮できるのは、第5変奏だと思うけれど、それに続く第6変奏だってエキサイティングだ。だってこの展開の仕方すごい。とくにてもさんのようなピアノ屋さんには聴いてほしいなぁ(笑)。第10変奏とかもわくわくするよね。なんか身体がうごいちゃう。もともと舞曲であるはずなので、この感覚は正しいかもしれない。ヴィルトゥオーゾが活躍する、眠くないバロック観という新時代の嚆矢の一つは、確実にこの人が放ったろう。

レオンハルト 76年(DHM)

グールドに先行すること2年、グスタフ・レオンハルトは最初のゴルトベルク録音をしている。そのあとが、65年、最後が76年。みんなすごく違う演奏で、これも遡りがたのしい。76年の録音は、とくに創意に満ちていると思う。第12変奏が好き。あと27変奏は、これが一番好きだなぁ。刻んでいくような第30変奏も好き。抑揚があるが、落ち着いた録音が好きなのかもしれない。65年は、76年に近い。53年は、曲想のとおりちゃんと眠くなるのだが、それでいいのだろうか、、、とも思わないではない(笑)。あと、53年はそもそもイヤホンで聞くのに向かないんだよね、チェンバロの音がキンキンで。スピーカか、ローパスフィルタがほしいw この人もよく聴いてると、意外と声が入っちゃう人。声が入る人、結構好きなんだよねぇ←

ところで、ピアノ屋さんであるてもさんがヴァイオリン曲を先に書いて、ヴァイオリン屋の僕がピアノ曲を書くというの、なんか(笑)

2016年1月30日土曜日

W.A.モーツァルト:レクイエム


てもさん:

◎ベーム指揮ウィーンpo、71年(DG)

このジャンルについては、右側にいらっしゃるずみさんの方が圧倒的に詳しいので、ご覧になるときは右側の方を読んでいただきたい笑。私からは3点。一つ目はベーム。ベームという指揮者は実はちょっと苦手な部類で、あの明るめのサウンドがどうも受け付けないのだけども、このモツレクに関しては有無を言わせない名演だと思いますね。合唱との一体感もあるし、とてもシンフォニック。あと、合唱が上手い。ヤンカラ先生のも好きだけど、ウィーン学友協会合唱団はやっぱり素人集団ということもあり、イマイチ(音程ぶっちゃけかなり悪い)。そこにきて、ベーム盤の合唱はウィーン国立歌劇場の合唱団ということもあり上手い。ゆっくり目のテンポでの演奏はいささか古風かもしれないが、これは今でも不動のモツレク決定盤に君臨する一枚だと思う。

◯カラヤン指揮ウィーンpo、86年(DG)

次点はカラヤン。やっぱりオケが立派で、オケを聞きたいならカラヤンである。このVPO盤は75年のBPO盤よりオケが全面に出ていて、まあどちらかといえば合唱よりオケメインの録音になっている。全体としては重厚で劇的でかつ美しい演奏で、カラヤンの美質がいい形で出たといえる名演だと思う。75年BPOもいいのだけども、ちょっと完成度が落ちるかなーという印象。しかしこのドミネイエズは好きだなあ。オルガンが要所要所聞こえていて効果的〜。

▲ワルター指揮ウィーンpo、37年(EMI)

また古臭いのを持ち出してきた笑。呆れ返っている人の顔が浮かぶわ^^ゞ(そもそもこのサイト自体訪問者がどれだけいるかは疑わしいところではあるが。。) はっきり言って現代におけるモーツァルトの研究および最近の演奏のトレンドからすると、時代逆行もいいとこの大穴盤である。しかし、研究は研究なのであって、それ自体学術的には大いに結構なのだけども、別にモーツァルトが生きてた時代の演奏様式とかどうでもよくね?ってのがぼくの本音。別に音大で音楽学を研究しているわけでもないんだし笑。それに、ワルターのこの演奏、現代の録音よりざっと80年くらいモーツァルトが生きていた時代に近い演奏なんだから、その演奏様式は普通に考えればモーツァルトが生きていた時代のそれに近いとも考えられるのである(うわー、反論されそう笑)。とまあ、言いたい放題の珍論をでっちあげてみたところで、演奏を紹介。一言で言えば、ひたすらロマンチック。VPOのとろけるような弦楽器の音色にうっとりするし、ゆったりとしたテンポでまろやかにオケと合唱が混ざる味わい深さは格別。後年の56年VPOライヴ盤よりこちらの方が、VPOの官能的な弦が楽しめるのでオススメ。

ずみさん:


ラルフ・オットー指揮 ラルパ・フェスタンテ・ミュンヘン マインツ・バッハ合唱団、05年(NCA)

いきなりのモツレクで驚いている。僕の人生でも最も多くの時間が費やされた曲だとおもう。この曲に限っては、どの録音が一番、ということなく、紹介していきたい。 で、いきなりのキワモノで申し訳ないんだけれど(笑)、レヴィン版楽譜による演奏を紹介したい。
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チェリビダッケ指揮 ミュンヘン・フィル管弦楽団/合唱団 95年(EMI)

僕はチェリビダッケが好きだが、これはその中でもすごい。チェリビダッケは、大の録音嫌いで知られているが、それでも録音が残っていて、このように珠玉の演奏を聞けることに、本当に感謝したい。 ジュスマイヤー版ではあるが、とにかくテンポが他とは違う。このテンポは、Lacrimosaに向けた伏線だと僕は思う。ここですべてが開放される。心が動く。ここまで感動できる演奏は他にないのではないか、と思う。一番の愛聴盤。ところで、管楽器や声のひとは相当苦しいと思う。よくがんばったw ちなみに、他の人達による、これより遅い録音もあるけれど、それは音楽として成立していなかったように思う。

アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス ウィーン国立歌劇場合唱団 03年(RCA)

バイヤー版。Rex Tremendaeの合いの手がないところが最初の違和感になるとおもう。アーノンクールにしては大人しい演奏で、モツレク入門としてはありじゃないかな。洗練された演奏。高校生の時にハマっていた。

シュペリング指揮 ノイエ・オーケストラ コーラス・ムジクス・ケルン

最後に紹介したいのは、シュペリングのもの。 これは、ジュスマイヤー版であまり面白みはないのだが、モーツァルトの楽譜断片が手を加えられずにそのまま収録されているところが新しい。補筆版は所詮編曲なので、なにが元になっているのか、を知る上で大変おもしろい。他にも鈴木、ホグウッド、ヘレヴェッヘ、ノリントン、クリストファーズ、クリスティ、、と紹介したいのはやまほどあるので、機会があればこの曲をもう一回紹介するかもしれないw