2016年5月7日土曜日

スクリャービン:詩曲作品32-1


てもさん:

◎ホロヴィッツ(62年、CBS)

スクリャービンと言えばホロヴィッツ。彼にしかできない繊細で神経を張り詰めた弱音、アゴーギク、ペダリング、千変万化する音色でもって表現する官能的な美しさはスクリャービンには必須の要素ばかりである。とくに詩曲32-1で必要になるスタッカートを伴う上昇音型(前半後半合わせて計8回出てくる音階)を楽譜通りスタッカートで弾きこなせているのは筆者の知っている限りホロヴィッツのみである!(その他スクリャービン自身の演奏によるピアノロールの記録では作曲者本人も何とも詩的にこの部分をスタッカートで弾いているが。)普通の奏者がスタッカートで件の箇所を弾けば恐らくこの曲に必要な要素をかなり失わせるものになるだろう。それを可能にしているのは、おそらくは彼一流の指を寝かせて弾く奏法と、そして改良に改良を重ねた彼愛用のスタインウェイによるものであり、スタッカートで一音一音は切れているにも関わらず、それぞれが音がない空白によって繋がって聞こえ、夢うつつな詩情を生み出しているのである。4分の3拍子に変わり特徴的な5連符のリズムで揺れ動く部分の意識のゆらぎの表現も彼ならでは。陰影に富む左手の音色の変化によって微妙な和音の変化がより際立ち多彩な表情を覗かせるあたりは彼のピアニズムの真骨頂であろう。この62年録音はスタジオ録音であり、彼の意図していることが綿密に再現されている。そして比較的楽譜に忠実に弾いている笑。

◎ホロヴィッツ(65年ライヴ、CBS)

同じくホロヴィッツのライヴ盤である。こちらは3年後の65年の録音。基本的な解釈は同じなのだがライヴだけあって62年のスタジオ録音よりも自由に感興に任せて弾く部分もあり面白い。どちらを取るかは人それぞれだろうが、はっきり言って甲乙つけがたい。部分的な効果の面白さはこちらが上だろう。またこちらはホロヴィッツらしい楽譜の改変が見受けられる。効果を出すために削るべき音は削り、付け加える音は的確に付け加えている。考え抜かれた巨匠の芸であり、一聴に値する。

◯ポンティ(73-74年、VOX)

悪名高きポンティ盤。私はこのポンティなるピアニストが好きである。悪いのは録音状態とピアノの状態。さすがにこのアップライトまがいの平面的で奥行き感に欠ける音色はいただけない(本当にアップライトなのでは?という噂もあるようで笑)。にも関わらずここに聞かれるスクリャービンは本質をよく突いており、こんなひどい状態のピアノで弾いているのに、その美質がよく伝わって来るところがポンティの実力だと私は思っている。要は音色の変化のつけ方、立体的な音作りがうまいのである。ポンティのスクリャービン全集は非常に短期間で録音されたようで中には少々粗い、弾き飛ばしているようなものも見受けられるのも事実だが、この詩曲に関してはこの曲の美しさがよく伝わる演奏になっていると思う。

◯シャイン・ワン(07年、Naxos)

はっきり言って他の演奏は到底ホロヴィッツに及ばないものばかりではあるが、ポンティをはじめいくつか挙げてみているが、新しいところでシャイン・ワンを取り上げてみる。そのほか往年の巨匠ソフロニツキーの60年リサイタルの録音やネイガウス(父子)、つい最近発売されたオールソン盤、はたまたぶっとんだ演奏をやらかしたウゴルスキ盤、色彩感に欠ける致命傷のアシュケナージ盤などいろいろあるが、正直どれも取るに足らないものばかり。その中でもシャインワンのものは割と美しい仕上がりになっていて時折聴いているものの一つである。このCDはスクリャービンの初期から後期に至るまでの各時期を代表する作品(とは言え知名度で選曲しているというわけでもなさそうだが)を並べて収録しているものであり、通して聴いてみるのも一興かもしれない。

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